ドイツのド真ん中 歳時記 Tagebuch

  ドイツのど真ん中の四季折々の風情を気まぐれに綴ってゆきます。

  (2002年と2003年分の歳時記は削除しました。)

8月最後の日曜、2年ぶりにデンマークのトンナー・フェスティヴァルを訪れました。

4日間に渡るフォーク・ミュージックの祭典の最終日。

25周年の節目にあたる今年、大トリのコンサートは大物ミュージシャンが勢ぞろい。

アイルランドのミュージックシーンの巨人、アンディ・アーヴァイン (Andy Irvine) と

ドーナル・ラニー (Dónal Lunny) が参加するバンド Mozaik に

スコットランドの歌姫カレン・マシソン (Karen Matheson) 率いるカパケリ (Capercaillie) と、

ケルト音楽ファンならば、垂涎物のライヴ。

殊にカパケリのカレン・マシソン嬢の美声を生で聴くことがわたしの10数年来の夢であり、

美味しいデンマークビールでほろ酔い加減で聴くカレンの柔らかな美声はある種のエクスタシー状態でありました。

30分の休憩を2回はさんで、8時にはじまったコンサートは実に5時間に及び、

最後はこの日出演したミュージシャン全員が舞台に上ってのセッションとなり、

観客も総立ちになって、共に歌う大団円を迎えました。

北欧の短い夏の最後を飾る素敵なお祭りでした。

(2005年9月2日)

 

8月最初の土曜日に今年も恒例のハーンシュタイン城中世祭りへ。

お城の庭では男性3人による「ヘンゼルとグレーテル」のコント劇が上演されました。

ドイツのド真ん中の短い夏に子供たちの明るい無邪気な笑い声が弾けました。

(2005年8月8日)

 

昨夜、8時過ぎに馴染みのピザ屋さんに食事に出かけました。

金曜の夜にも関わらず、店は意外にもガランとしていました。

「サッカーのお陰で商売あがったりだよ」と主人のサルヴァトーレはぼやきます。

昨晩からドイツでは2005/2006年のサッカー・シ−ズンがはじまり、

テレビではブンデス・リーガの人気チーム、バイエルン・ミュンヘンの今シーズンの開幕試合が中継されていました。

8時半のキック・オフを見逃すまいと、わたしと入れ替わりに客足はぱったり止まってしまったそうです。

サッカーでドイツ中が盛り上がる一方で、影響を蒙る人たちもいるものなのですね。

(2005年8月6日)

 

今年も、シュタウフェンベルク伯爵の記念碑にゲッティンゲン市から献花されました。

1944年7月20日の昼過ぎにシュタウフェンベルクは鞄に隠した時限爆弾でヒトラー暗殺を試みました。

しかし殺害には至らず、ヒトラーは軽傷を負っただけで生き延びました。

暗殺を実行したシュタウフェンベルクと他4人の軍人はその日の夜に射殺刑に処せられました。

7月20日は、この勇気ある者たちに敬意を表して、

ドイツでは半旗が掲げられます。

(2005年7月20日)

 

日本では目下、環境省や政府が音頭を取って「クール ビズ (COOL BIZ)」なる

地球温暖化対策のキャンペーンを盛んにやっていますが、

ドイツのクール ビズはさらに1歩すすんでいます。

ドイツ・ポストの小包配達係りのおじさん、夏の制服は涼しげな半ズボン。

日本ではクール ビズが定着するか半信半疑ですが、

ドイツでは何の疑問もなく、自ずとクール ビズがすでにはじまっていました。

暑い日には単純に涼しい格好をする。

他人の目にどう映ろうがあまり気にしない。

着る物にはどちらかというと無頓着なドイツ人ならではのクール ビズですね。

蛇足になりますが、このおじさん、この朝の配達を済ませて3週間に休暇に入りました。

こちらもまたドイツ流の休暇で、わたしたち日本人にはとても羨ましい限りです。

(2005年7月16日)

 

厳しい日差しの7月上旬、ドイツのあちこちで伝統的な射撃協会(Schützenverein)が

お祭り「シュッツェンフェスト(Schützenfest)」を開きます。

ドゥーダーシュタットでは7月2度目の日曜の午後、

いくつかの射撃愛好者の団体がそれぞれ揃いの衣装を着て揃いの帽子を被り、

襟元にはたくさんのメダルを付けて町をパレードして歩きました。

この日は気温が30度になり、ご覧のような黒い背広で行進する人たちはかなり暑苦しそう。

町中から場所の移して、郊外の射撃場(Schützenplatz)に張られたテントでは、

チロル地方のフェルクスムジーク(Volksmusik:民俗音楽)のバンドが

典型的な半ズボンの民族衣装に身を包んで、楽しげなメロディーを奏でます。

老いも若きも7月のいい天気の下、楽しい週末を過ごしていました。

(2005年7月12日)

 

昨日、夏至を迎えました。

この日を以て、ドイツでは暦の上で正式に夏がはじまります。

しかし昨日は珍しく朝から蒸し暑い日で、

外に出て日の光りを浴びようものなら、滝のような汗が出ます。

夕方、突如灰色の雲が広がり、あたりが暗くなりはじめ、嵐のように風が吹き、

ゴロゴロと雷が唸り、そしてバケツをひっくり返したような夕立となりました。

しばらくするとバラバラと音がするではありませんか。

驚いたことに、大粒の雹が車のボンネットや屋根に叩きつけられます。

夏至の日の夕刻、ドイツのド真ん中に雹が襲いました。

(2005年6月22日)

 

2006年サッカー・ワールドカップドイツ大会の前哨戦ともいえる

コンフェデーレーションズカップが一昨日ドイツで開幕されました。

せっかくの願ってもない機会でしたので、

昨日、日本対メキシコ戦を観戦するために州都ハノーファーへ出かけました。

座った席はゴールのすぐ後ろの9列目。

ゴールをセーブするキーパーの川口選手や

ネット裏でウォーミングアップをする稲本選手や大黒選手らを間近で拝むことができました。

ドイツに住んで数年のわたしですが、

実はスタジアムでサッカー観戦したのはこれがはじめて。

テレビで観戦するのとはまったく別物の興奮や臨場感があることを知りました。

メキシコファン、日本ファンの敵味方関係なく、

駆けつけた人たちが一体となって巻き起こるウェーブにわたしも気持ちよく巻きこまれていました。

残念ながら、日本チームは試合に負けましたが、

心地よい爽やかな興奮に酔いしれて、スタジアムを後にしました。

(2005年6月17日)

 

6月といえば、ジューン・ブライド。

昨夜は、2組のカメルーン人カップルの結婚披露宴のパーティーが

わたしの住む建物の集会所兼ホールで開かれました。

夕方6時から披露宴がはじまると聞いて、ネクタイを締めてホールへいそいそと出かけてみましたが、

しかしホールには人っ子一人いません。

8時過ぎにやっと三々五々招待客が集まりはじめ、

結局新郎新婦が登場したのは、予定よりなんと4時間半遅れの10時半!

ここでも2002年サッカー・ワールドカップのカメルーン代表チーム中津江村遅刻事件が繰り返されました。

しかし、誰一人文句も言わずにのんびりゆったり主役たちの登場を待ちます。

あるカメルーン人の招待客がわたしに教えてくれました。

「物事にはプラス・マイナスの誤差ってもんがあるけど、カメルーンにはプラスの誤差しかないんだよ」

4時間も遅れたら誤差のうちに入りません!

しかしこれがカメルーン流。なんとおおらかなことでしょう。

カメルーンの民族料理や招待客が持ち寄った国際色豊かなお料理に舌鼓を打ち、

一通り披露宴の食事が済むと、あとはダンスパーティーとなります。

底抜けに明るいアフリカのリズムがホームに響き、皆、軽いステップを踏んで朝まで踊りつづけます。

(2005年6月5日)

 

1年のうちで最も日の長い6月、野外のライヴを楽しんできました。

会場はゲッティンゲンの北へ10キロほどにある

ノーテン・ハーデンベルク (Nörten-Hadenberg) の町のミュージックパヴのビアガーデン。

舞台に登場したのは、スコットランドからやって来た3姉妹のバンド「ザ・ミデン (The Midden)」。

ライヴがはじまったのは午後9時過ぎ。

しかし外はご覧の通り、まだまだ明るいなかなか暮れないドイツのド真ん中の夕べでした。

しかしライブも前半が終わった頃、風雲急を告げ、雷が吹き、風が吹き荒れはじめ、

メンバー、スタッフ、観客、機材が急遽パブの中へ撤収。

スタンダードなスコットランドのバラードやジグやリールといった

ケルトのダンス音楽、そしてオリジナルの歌も披露してくれました。

特に右の長女ケイトのパワフルなギタープレイとソウルがこもった歌声がとても感心しました。

今後の精進と活躍が期待されるバンドです。

(2005年6月4日)

 

シュパーゲル(白アスパラガス)の旬まっさり。

昨日は親友のラインハルトにディナーに招かれました。

半日かけてシュパーゲルづくしともいえるメニューを彼は作ってくれました。

まずはシュパーゲルのスープ。

シュパーゲルの香りとだしがしっかりととれた逸品でした。

メインディッシュはシュニッツェルと付け合せにシュパーゲルとじゃが芋とチーズのベーコン巻き。

カリカリと上手に揚がったシュニッツェル、

シュパーゲルも歯応えが残るほどよい茹で加減で大変美味しかったです。

シュパーゲルのスープはラインハルトからレシピをもらいましたので、

後日「お食事処」に必ずや紹介いたしましょう。

(2005年5月19日)

 

先週末に買った今年の初物のシュパーゲル(白アスパラガス)を週のあたまに料理してみました。

日曜の夜、シュパーゲルをさっと茹で、

冷蔵庫にあった前日に茹でたほうれん草やマッシュルーム、豚肉を一緒にバターで炒め、

オランダ風ソース(ソース・ホランデーゼ)を掛けていただきました。

残り物でささっと作りましたが、なかなか。

シュパーゲルがほうれん草とマッシュルームに合うことを発見しました。

月曜の夜はシュニッツェルを揚げ、シュパーゲルを付け合せに。

こちらはレモンをたっぷり搾って食べました。

とても豪華な食卓となりました。

(2005年5月6日)

 

待ちに待ちに待ったシュパーゲル(白アスパラガス)の旬がやって来ました。

去年も紹介しましたイチゴの形をしたテントの農家直送新シュパーゲルの露店が

我が家の近く、B27号線の十字路脇で今週末からお店を開きました。

お店を見つけたドライブ中のご夫妻があわてて道路脇に車を停めて、

シュパーゲルを買いにやって来ます。

わたしもご多分に漏れず、今年の初物の白アスパラを300グラム買い求めました。

親切なおばさんが笑顔をおまけしてくれて、さらに食欲が湧いてきました。

6月の末までにこのイチゴのシュパーゲル屋さんにはたびたびお世話になることでしょう。

(2005年4月30日)

 

昨日、今年初めての芝刈りを私の住むアパートの管理人ヘアマンじいさんと一緒にしました。

冬の間、使わずにいた芝刈り機は動かなくなっており、

刃を研ぎ、オイルと点火プラグ、フィルターを交換してもらって、

ようやく整備が仕上がってきました。

早速エンジンをスタートさせ、1時間かけてわたしの部屋の前の芝生を刈り揃えました。

春から夏にかけて、3週間おきに芝を刈らなくてはなりません。

刈り込まれた芝生の上で今年の夏もビキニの女性が日光浴をしてくれることでしょう。

(2005年4月23日)

 

クリスマスから1ヶ月となりますが、

このころになると、毎年のことですが、

不要となったクリスマスツリーがわたしの家の前の広場に捨てられ、

クリスマスツリーの墓場となります。

ドイツでは、ツリーは一般的に生木のモミの木を使います。

モミは冬でも緑色で不死のシンボルであったりもあるのですが、

生木で幹を切られたものですので、いつかは枯れてしまいます。

ざっと勘定してみたところ、少なくとも50本以上のツリーがご近所から集まりました。

細かく破砕されるなどして有機肥料にリサイクルされるようですが、

環境大国を自認するドイツ、若い木が毎年切られるのはどこか納得いかないものです。

されどわたしも昨年のクリスマスツリーは生木で飾ったので、大きなこと言えた立場ではありません。

(2005年1月23日)

 

12月2度目の金曜は鈍行電車を乗り継いでブレーメンへ出かけました。

ヴェーザー・ルネッサンス様式と呼ばれる壮麗な市庁舎の前の広場に立つ

ブレーメンの象徴ともいえる中世の騎士ローラントの像のまわりにも

たくさんのクリスマス市の屋台や露店が所狭しと並んでいます。

ヴェーザー川の河口に港を持つブレーメンならではの魚料理の屋台では、

白身魚の揚げ物がとても美味しかったです。

海から遠く離れたドイツのド真ん中ではなかなか味わえない新鮮な海の幸でした。

市庁舎の裏では地元のコーラスグループが凍えるほどの寒さの中で

クリスマスソングを歌い、クリスマスの雰囲気を盛り上げ、

わたしを含め町行く人たちがしばし足を止めて、耳を傾けておりました。

(2004年12月12日)

 

寒くてどんより暗い毎日で家にひきこもりがちになってしまいます。

晴天の日が3日ばかり続き、重い腰を上げて、

山の上の我が家から久しぶりに町に下りてみれば、

旧市庁舎前の広場では一昨日から

毎年の恒例のクリスマス市 (Weihnachtsmarkt) がすでにはじまっていました。

天気がよく夜中は放射冷却で冷え込んでとても寒かったのですが、

クリスマス市の楽しげな雰囲気にうきうきした気分になってきました。

早速、顔なじみのヘルムートおじさんのホットワイン (Glühwein) の屋台へ走り、

この冬最初の1杯をいただき、体を温めました。

(2004年11月26日)

 

11月も下旬にさしかかった週末にハーメルン (Hameln) へ小旅行に出かけました。

町中の歩行者天国はまもなくはじまるクリスマス市の準備で大忙しです。

スタンドや露店の軒先には、クレーン車を使って、電球の取り付け作業が行われていました。

月末にはじまるクリスマス市はきっと光まばゆい楽しい雰囲気に包まれることでしょう。

(2004年11月21日)

 

初雪から10日後、今年の冬最初の大雪となりました。

昨夜までは比較的暖かかったので、雪は降るまいと油断しておりました。

朝、目が覚めて、一面真っ白の世界に驚きました。

青天の霹靂というか、曇天の大雪であります。

慌てて道路の雪掻きをしましたが、まだ気温が高めなのか、

とても湿った雪で重たく、大変。汗をかく雪掻きとなりました。

(2004年11月19日)

 

ドイツのド真ん中に今年はじめての雪が降りました。

昨日手袋なしで出かけ、帰り道にひどく寒かったのが納得できます。

午後からは気温が上がったせいか、初雪はみぞれへ変わりました。

(2004年11月9日)

 

今年、春からずっと生長を観察してきた

わたしの家の前のリンゴの木、とうとう収穫を迎えました。

虫食いや鳥についばまれた物も多いのですが、

1本の木から沢山のリンゴが取れました。

ほどほどの甘味と酸味があって、爽やかな味でした。

ちょっと小ぶりなことやキズもあって、

皮をむき、傷んだとことろを切って、リンゴジャムになります。

(2004年11月4日)

 

冬時間に切り替わった10月最後の日曜は朝から丸一日どんよりと典型的な冬の天気となり、

朝から晩までまるで日没後のような暗さで、

さっそく冬場の鬱、ウィンターデプレッション (Winterdepression) に陥ってしまいそうでした。

しかし、このどんよりした雰囲気を吹き飛ばそうと、

ゲッティンゲン近郊のノルトハイム (Northeim) で行われた

ザ・アイリッシュ・フォーク・フェスティヴァル 04 (The Irish Folk Festival 04) へ出かけました。

今年は30周年の記念で、スペインのケルト音楽シーンの大物カルロス・ニュニェス (Carlos Núñez) がトリ。

ラテン系ケルトの非常に楽しいパフォーマンスを存分に見せてくれました。

お陰で今年のドイツの冬もうまく乗り切れそうです。

(2004年11月1日)

 

10月下旬の日曜はドイツ語でいわゆる Altweibersommer

(アルトヴァイバーゾマー:直訳で「おばあさんの夏」)と呼ばれる

晩秋に夏のような日差しが戻ってきたような天気になりました。

わたしは暖かな日差しに誘われて東ドイツのキュフホイザー (Kyffhäuser) にドライブに出かけました。

汗ばむほどの日曜の午後となりしたが、東ドイツの山々は黄葉で色づいていました。

(2004年10月25日)

 

今朝、窓から外を見てびっくり。

路上に停めてある車のガラスが真っ白。

昨年より5日も早くドイツのド真ん中に今年の初霜が降りました。

お向かいの家にびっしり張り付いた植物は真っ赤に紅葉し、

霜の白とコントラストを作ります。

紅葉と初霜が一緒にやって来ました。

(2004年10月12日)

 

10月最初の土曜の夜、わたしを訪ねていた大変親しい方をフランクフルトの空港で見送り、

わたしも思い立ったが吉日とばかりにその場で安チケットを買い求め、

そのままフィンランドのヘルシンキに飛びました。

ヘルシンキは10月はじめとはいえ、すでに初冬の趣き。

わたしがドイツから軽装で旅立ったのとは対照的に、誰もが冬の装い。

次の朝、日曜に港ではヘルシンキの10月の風物詩、ニシン市 (Silakkamarkkinat) がはじまりました。

港に所狭しと並んだ船は甲板を露店に改造し、

直接行き交う人に声をかけ、ニシンの酢漬けや脂の乗った鮭の切り身を商います。

また港の広場では鮭やニシンのスープ、海産物のグリル料理の屋台が並び、腕を競います。

日曜の昼は曇天の寒空でニシンのクリーム風味のスープで凍える体を温め、

天気に恵まれた月曜の昼前には鮭のステーキをチーズのこってりソースでいただきました。

この鮭のステーキが日本の塩鮭とは比べ物にならないほど大変脂の乗った大味でした。

フィンランドもまた食欲の秋でした。

(2004年10月6日)

 

実りの秋、収穫の秋へ。

わたしの家の前にはリンゴの木がありますが、

それ以外にも建物の外壁にはブドウの蔓が幾筋も身を這わせて、

目下幾房ものブドウの実を深い青に色づかせ、

西日に向ってぶら下げています。

光を受けて、その姿はまるで珠玉のようです。

(2004年9月10日)

 

9月に入ってからずっと好天に恵まれているドイツのド真ん中です。

陽気に誘われて、9月最初の日曜、

ゲッティンゲン郊外の村ブレムケにある森の舞台へ出かけてみました。

この夏、この舞台での演目はグリム童話の「赤ずきん(Rotkäpchen)」。

狼の着ぐるみ、被り物はなかなかの出来栄え。

狼の登場場面では、タイミングよくお客さんの連れてきた犬が吠えて、

親子連れの大笑いを誘っていました。

(2004年9月7日)

 

9月に入り、再び夏が戻ってきたよう。

しかし汗が吹き出る暑さは過ぎて、明るい日差しがとても心地よい一日でした。

この清々しい気候ならではと、ニーダーザクセン州の警察は機動性を発揮せんと

自転車によるお巡りさんをパトロールに投入。

歩行者天国を走る無法者の自転車を取り締まっていました。

気さくなお巡りさんで快くわたしの写真撮影にも応じてくれました。

日本の警察もこんなスポーティーなお巡りさんを導入してみては?

(2004年9月3日)

 

ドイツのド真ん中の短い夏を締めくくるお祭り「アルトシュタットフェスト(Altstadtfest)」が

8月最後の土・日にゲッティンゲンで行われました。

不安定な天候でしたが、日曜の午後からは

一時シャワーと呼ばれるにわか雨に見舞われたものの、晴天に恵まれ、大勢の人が繰り出しました。。

車の通行を止めた通りでは、バウムクーヘンがその場で実演で焼かれて、即売されいました。

焼きたてのバウムクーヘンは甘い香りを辺りに漂わせています。

試食に提供されましたが、ほんのりと甘くて、最近のわたしたち日本人好みの味となっています。

パトロールの警察官もお祭りの雰囲気に誘われてか、ビールのスタンドで休憩をとります。

(ただし、彼らが飲んでいたのはコーラでした。)

ドイツの人たちは大らかなのか、

警官がパトロール中にコーラを飲んだり、ソーセージを買い食いしても一々目くじらを立てたりしません。

また別の通りでは、露店で4本線が目印のなんちゃってアディ○スのスポーツシューズが売られているのを発見しました!

お祭りのいかがわしさというのは、日本もドイツも変わりがないのかもしれませんね。

短い夏の終りにドイツのド真ん中の人々は大いに飲み、騒いで、エネルギーを燃焼させていました。

この祭りが過ぎると、秋が一気に深まってゆきます。

(2004年8月30日)

 

5月の初旬に淡いピンクの花を咲かせ、

夏至の頃に小さな実をつけた我が家の前にあるリンゴの木ですが、

8月の半ば、実はさらにすくすくと成長を続け、

枝は重たそうにしなっています。

中には虫に食われているリンゴの実もありがますが、

収穫の1ヶ月後ぐらいでしょうか。

(2004年8月14日)

 

7月は冷夏でしたが、8月に入って一転、猛暑のドイツとなっています。

我が家のバックヤードにある芝生では、別の階に住む若い女性がビキニのトップの紐を外して日光浴。

やはりこちらの女性は大らかなものですね。

隠し撮りのつもりはまったくありませんが、この歳時記用にと私の部屋の窓からパチリ。

8月の日差しに女性の白い肌は健康的で美しいものですね。

(2004年8月10日)

 

7月最後の土曜日と8月最初の日曜、

今年もハーンシュタイン城でしばし中世ドイツにタイムスリップしてきました。

清々しい日差しの下、子供たちが元気に騎士に剣で戦いを挑み、

あるいは、中世の農民に扮した女たちが音楽に合わせて軽やかにダンスを踊ります。

ハーンシュタイン城中世祭りの今年の大トリは中世風ロック楽団と

オリエントからやって来たベリーダンスのジョイントで締めくくられ、

非常に盛り上がったお祭りとなりました。

(2004年8月4日)

 

6月最後の週末。

買い物帰りにB27号線の街道の辻にある露店に立ち寄りました。

農家直販のシュパーゲル(白アスパラガス)と苺のお店です。

ユニークなことにこのお店は苺の形をしています。

白アスパラの旬も今週末で終わり。

今日が最後の営業日だそうで、わたしも今年の食べ納めとなる白アスパラを買い込みました。

週末の夜、ドイツの初夏を味覚を存分に味わうつもりでいます。

(2004年6月26日)

 

5月の初旬に咲いた淡いピンクのリンゴの花が

夏至を迎える頃には小さな赤い実となりました。

秋には幾つ収穫できるでしょうか。

夏の日差しをいっぱい浴びて、大きな甘いリンゴに育ってほしいものです。

(2004年6月20日)

 

ドイツの5月の旬はシュパーゲル(白アスパラガス)。

早速スーパーで買い求め、

愉快に初物のアスパラを味わうべく親しいご夫妻のお宅を訪ねました。

大鍋でさっと茹でて、いただきます。

しゃきしゃきの歯ごたえとほろ苦さ。

これがドイツの春の味覚であります。

(2004年5月3日)

 

5月に入りました。

わたしの部屋の前にあるリンゴの木が淡いピンクの可憐な花をたわわに咲かせはじめました。

あと数日で満開でしょう。

今年はいくつリンゴの実をつけることでしょうか。

リンゴ以外にさまざまな色のチューリップが咲き、

 カエデが一日一日緑を濃くしています。

ドイツのドまんなかにも本格的な春が到来しました。

(2004年5月2日)

 

市役所に用事があり、久しぶりに町に下りてゆきました。

用事を終えて旧市庁舎前の広場(Marktplatz) に足を伸ばせば、

いつの間にか復活祭の市(Ostermarkt)がはじまっていました。

クリスマスにホットワインの屋台を出していたヘルムートおじさんがここではワインの屋台を出しています。

わたしはおじさんに中辛のライン河流域の白ワインを注文しました。

暖かい陽気の下で飲むほどよい酸味の効いた白ワインは格別です。

(2004年4月3日)

 

まだまだ長く暗いドイツの冬。

週末の晩を友たちと暖炉と蝋燭のともる暖かい部屋で音楽を奏で、ビールを酌み交わしながら、過ごすことができました。

「冬場の鬱」で引き篭もりがちな凍えた心を柔らかく解きほぐすことができました。

心から温まるまったりとした夕べでした。

(2004年2月15日)

 

一昨々日、自宅前にあるゲッティンゲン市が管理する空き地に無造作にモミの木が捨ててありました。

クリスマスからすでに1ヶ月以上立ちますが、

毎年この時期、この空き地はクリスマス・ツリーの墓場になります。

ドイツ人たちはプラスチックや造花ではなく、本物のモミの木のクリスマス・ツリーを飾るのを好みます。

しかし、本物のクリスマス・ツリーはいつしか乾燥して枯れてしまうもの。

不要になった元クリスマス・ツリーのモミの木はこうして市の空き地に捨てられます。

数時間後、市の清掃車がモミの木の回収にやって来ました。

清掃員の方にあれこれ質問してみました。

用済みのクリスマス・ツリー、枝や針葉、樹皮は肥料に、幹は家具や建材の一部にリサイクルされるのだそうです。

(2004年2月7日)

 

ドイツのド真ん中にも本格的な冬の到来。

日本に大雪をもたらした寒波がドイツにもやって来ました。

まだ暗い朝、ドイツの人たちは自分の家の前を雪掻きせなばなりません。

何でも、ドイツには雪が降ったらを自宅前を雪掻きせよ、と法律で決められてるのだそうです。

お隣りのご主人はスポーツマン。朝飯前の運動といった具合で手際よくテキパキと雪掻きをしてました。

(2004年1月31日)

 

年越しをコペンハーゲンの日本食レストラン「東京」で迎えました。

オーナーのご好意でお客さん全員にかき揚入りの年越しそばが振舞われました。

しかも希望者にはおかわりまで。当然わたしもおかわりを頂きました。

2年ぶりに食べるおそばを2杯ペロリと平らげ、

コペンハーゲン市庁舎の新年を告げる鐘が鳴り響くと、

お客さんやお店の人たち全員が立ち上がり、シャンペンや日本酒で乾杯。

新年の挨拶の言葉はデンマーク語で ”Godt nytår! (ゴット・ニュトオア: よい新年を)”。

楽しい新年の瞬間を迎えることができました。

(2004年1月4日)

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