お食事処

 其の弐拾伍 船乗りのパワーフード (Labskaus)


  

8月の末に北ドイツを旅してきました。

旅に出る前に親友のラインハルトに彼の故郷でもあるハンブルクの見所などを聞くと、

早速彼は「ハンブルク駅前のナーゲル(Nagel)っていうビア・ホールのラプスカウスを是非とも食って来い。ナーゲルのが一番うまいから」

とわたしに指令をだしました。

ラプスカウス (Labskaus)、不思議な名前の食べ物で、ドイツのド真ん中ではトンと聞いたことがありませんが、

ハンブルクや北ドイツの名物料理なのだそうです。

「見た目はゲロみたいでまずそうだが、”船乗りのパワーフード (Seemanns Powerfood)” なんだ」とラインハルトは笑いながら言います。

   お皿いっぱいのピンクの物体は少々グロい?

いかなる物かと、実際にわたしはラインハルトおすすめのお店「ナーゲル」でブランチに試してきました。

ご覧の画像、半熟の目玉焼きの下にある半固形の生々しいピンクの物体がラプスカウスで、

決して食欲をそそるものではなく、我が友の言葉通り、確かに吐瀉物を連想させます。

これは茹でてつぶしたジャガイモに牛肉、赤カブをミンチして混ぜて、蒸した物です。

毒々しいピンクは牛肉と赤カブから生まれるのですね。

それに目玉焼きとロールモップス(ニシンの酢漬け)、赤カブとキュウリのピクルスが付け合せとしてお皿に並びます。

一口ラプスカウスをフォークですくって口に運んでみます。

見た目ほどまずい物ではなく、むしろわたしにはとても感じられました。

ジャガイモのほのかな甘さと牛肉の豊かな味、赤カブのピクルスの酸味がまったりと調和します。

トロトロの柔らかい目玉焼きとの相性もよく、日本人には卵かけごはんを思い浮かぶかもしれません。

ピクルスやニシンの酢漬けで爽やかな刺激を受けて、さらに食欲が湧いてきて、あっという間に平らげて満腹となり、

元気モリモリとなってその日一日のハンブルク観光をこなしました。

   帆船や海をモチーフにしたハンブルク駅前の酒場「ナーゲル」

旅から帰ってラインハルトにラプスカウスの感想を話すと、彼はラプスカウスに関する歴史をわたしに語ってくれました。

まだ蒸気機関もない帆船で長い航海をしていた時代、船乗りの多くは栄養不足で壊血病という病気にかかり命を失いました。

壊血病とは当時の船員の多く見られた病気で、ビタミンCの欠乏によって引き起こされるそうです。

冷蔵庫などない時代ですし、数ヶ月にも及ぶ航海では新鮮な果物など手に入りません。

船員たちの歯茎からは何の痛みもなく歯が抜け落ちてゆき、さらには死に至りました。

海の上での壊血病対策がこのラプスカウスなのだそうです。

船には冷蔵庫がない代わりに肉が塩漬けにされてたっぷりと貯蔵されていました。

またコロンブスの新大陸発見を経て、その頃すでにジャガイモがヨーロッパにもたられていました。

ジャガイモは保存も利く上にビタミンCを豊富に含んでいます。またカロリーも高く。

牛肉とジャガイモを一緒に料理し、摂取することで、船乗りたちは蛋白質とビタミンC、そしてエネルギーを海の上で同時に補給したのだと、

だから船乗りのパワーフードなんだとラインハルトは語りました。

その話を聞いて、わたしがラプスカウスの食後元気にハンブルク市内を暑さにも負けずに歩き回れたのが納得いきました。

当時の船乗りの伝統が港町ハンブルクや海に面した北ドイツでは今もこうして生き続けているのですね。

ハンブルクや北ドイツを旅される方は是非、このラプスカウスで海の男たちのロマンに思いを馳せつつ、当地の名物を堪能して、

さらにエネルギーを蓄えて、元気に旅や観光を楽しんでくださいませ。

(2005年9月9日)

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